師父は私に良い人になるように教えてくださった
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2020年6月21日】私は小さい時から身体が弱く病気がちでした。病気であっても読書が好きでどんな本でも読みました。学生時代にちょうど中国国内で気功がブームになり、とても興味があり、気功を通じて健康な身体を得ると同時に、さらに探究して人々に貢献したいというのが私の願いでした。

 願いを実現するために、大学を卒業した時、私は大学の教師になることを選択しました。それは静かな環境と規則ある生活の中で、自分の好きな気功を続けることが出来るからです。

 1995年3月4日早朝、私は遠く空から流れてくる穏やかな音楽を聞きました。その音楽に惹かれて歩いて行くと、キャンパスの隅にある、小さな山の頂上に辿り着きました。多くの人が平らな地面に座っており、音楽はここから流れていたと分かりました。私は横に立って静かに見ていました。和やかな雰囲気の中で、穏やかな音楽が流れており、法輪大法だと分かりました。

 私はこの功法について調べて、法輪大法の修煉に入りました。当時、私は30歳でした。それから今日まで、25年の歳月が過ぎましたが、法輪大法から与えられた恩恵は数え切れません。人生の本当の意義や本当の幸せとは何か? 人が病気になる根本的な原因は何か?  天、地、人、三者の関係や人間の悩みの根源は何か? それは「私はどこから来て、どこへ行き?  何のためにここに来たのか?」ということでした。大法を通じて、これらの答えを見つけ、真理を見つけ、今までにない充実と幸せを感じました。師父は私に良い人になることから始め「真・善・忍」に従って心性を修め、自分の良くない心を捨て、絶えず高めるように教えてくださいました。

 一、家庭の中で良い人になる

 私は1993年に結婚しましたが、仕事の関係で、妻とはに二つの都市で別々に生活していました。親戚や友人が妻を大学に転勤させ、一緒に暮らすように私を説得しましたが、これは多額な金を使い、コネを利用しない限り難しい事なので、私には抵抗がありましたが、現実を変えるためにそうするしかありませんでした。しかし上手くいかず、家族の不満を招き、妻子に能力のない人だと言われ、顔を平手打ちされたことすらありました。妻の実家に行く度に、私には責任感もなく、妻を転勤させることも出来ないと文句を言われ、いい顔をされませんでした。 私にはメンツがあり、このような事を同僚などに知られたくないので我慢するしかありませんでしたが、ストレスが溜まり、とても苦しかったのです。

 その後、法輪大法に出会い修煉してから、私は『轉法輪』を読む中で、師父の説かれた法理に震撼されました。コネを利用して裏で権力者に金を渡し、妻を私の所に転勤させることは不正の気風であり、職権を利用することになります。これは徳を失うことで、「真・善・忍」の法理に背く行為であるので、やってはいけないと分かり、転勤させるという考えを正しました。このことを通じて、私は自分にある虚栄心や名利心、メンツを重んじる心などの執着心を見つけ、このような心の存在が私を悩ませていたと気付きました。私がこれらの汚い心を放下すると心中穏やかになりました。私が変わると、妻にも変化が現れ、忍耐強い本当の男で、法輪功を修煉して良かったと褒めてくれました。これは師父の恩恵のおかげだと思いました。

 私には一人息子がいますが、時々親子にトラブルが起きることがあります。普段、私は息子を宝のように愛していますが、息子との接し方にはとても困っていました。私は息子の勉強をみたり、一緒に遊んだり、美味しいものや欲しいものは何でも買ってあげますが、息子はいつも私に対する態度が冷たく、私にわからないように家のものを捨てたりしました。私は心性が守れず怒って息子を叱ったり叩いたりすると、さらに息子に無視されました。大法の教えに符合していないと認識していながらも、どうすればいいか分からず悩みました。私は学法を強めて『轉法輪』を暗唱することにしました。第四講の「業力の転化」を暗唱する時、息子とのトラブルが私の業力を転化させる要素が含まれていて、これは私の執着心を暴露させるためであり、息子が私の修煉を手伝ってくれているのだと分かりました。心から喜び、感謝すべきなのに、息子を怨んでいる私が間違っていると気付きました。私には怨恨心や嫉妬心のほかに、息子に尊敬され恩返しを求める心、それが得られなければ心のバランスが崩れるなど、たくさんの良くない心が見つかりました。私は息子に謝り、自分の言動を正し、穏やかな心で息子に接するようになりました。すると、息子も変わって、私に「パパは本当に良くなりました」と言ってくれました。

 その後の事ですが、妻が中共の迫害により精神分裂症になりましたが、十数年にわたって、私は妻を治療させ細心に介護しました。病気のため、妻がいつも私を罵ったり、怒ったり、訳の分からないことを言ったりしましたが、私は妻を見捨てようとは思わず、さらにやさしく介護しました。周りの人に新しい家庭を作ったほうがいいと言われても、私は妻と結婚した以上、見捨てて別れるわけにはいかず、それは大法の教えに背くことであり、修煉者としてやってはいけない行為であると思いました。修煉してから、家庭の中でいろんな試練を乗り越え、たくさんの良くない心を取り除き、思想の境地が昇華しました。

 二、職場の環境で良い人になる

 医師の私は、大学の教師でもあります。職業の中で、医者、教師、裁判官は最も神聖な職業であると言われていますが、私は二つも持っています。現在の中国の社会で、教師はいろんな名目で学生に授業料以外の金を搾り取り、医者は患者に金を強要し、裁判官は容疑者から金銭をゆすり取るなどは、すでに暗黙の了解となっています。この三つの職業の腐敗は、人類道徳の全面的な堕落につながります。

 法輪大法を修煉してから、私は師父が教えてくださった「真・善・忍」の法理に従って、職場の環境で良い人になるように心がけました。例えば、ある女性患者は私の医術が優れていて、彼女の病気を治したので感謝の気持ちで秘かに私にお金がびっしり入った大きな封筒を渡しました。私は彼女に「これは私の職責で、当たり前のことです」と言い、受け取りませんでした。彼女が理解しないのを見て、私は彼女に大法の法理を教えました。最後に彼女は敬服した口調で私に「あなたは私が今まで見た中で最も素晴らしい医者で、本当に良い人です。医術が優れているだけではなく人格も高尚で本当に尊敬します」と言ってくれました。

 病院で勤務するほかに、私は大学で学生を教えています。教育の現場で、私が最も大切なのは徳を重んじることで、その次は専門技能を教えること、それに学生に責任感を持つことも大事だと思います。授業中、私はいつも先に理論的な問題を分かりやすく説明し、それから丁寧に見本を見せ、一つ一つの細かい操作まで詳しく教え、学生の理解と受け入れ状況を見て進め、すべての学生にやさしく接しました。私が法輪大法の修煉を放棄しない理由で連行され、不当に監禁された時、610弁公室の指示で、学校側が私を調査して重い罪に陥れようとしましたが、学生らは一斉に学校側に「この先生は授業が上手いだけでなく、いつも臨床の実例を使って私たちに良い医者、良い人になるようにと教えてくれるとても素晴らしい先生です」と証言すると共に、私を一刻でも早く解放して、教育現場に戻れるように要請しました。私は大法に従って自分を修め、自分の言動を学生達が評価してくれたことは、全て、師父の教えのおかげであり、私に与えてくださった恩恵なのです。

 三、社会の環境で良い人になる

 私の周りの環境では、美女などいろいろな誘惑が存在していて、心を正さないと罠にはまってしまい、不倫やほかの良くないことに手を染める可能性があります。私にも何度も色欲の試練が現れましたが、大法を修煉する中で厳しく自らを修め、様々な妨害を破って乗り越えてきました。 

 ある日、露出した服装に、細身できれいな女の子が私の事務室に来て、夕食に私を招待すると言いました。彼女は私のかつての患者で私の治療で病気が治りました。私は断りましたが、どうしても仕事が終わるまで私を待つと言い諦めませんでした。どうしてこんなことに遇うのか? 内に向けて探すと、そこには色欲の心が潜んでいて私を試そうとしていることが分かりました。私は必ず心性を守り、色欲の誘惑に負けてはいけないと思いました。自分を正すと、不思議にその美女は軽く挨拶をして去って行きました。

 私が住んでいるマンションでは、水道料や光熱費などはマンション管理部により徴収されています。しかし、住民はいつもあの理由、この理由をいい、払いたがらないので、管理員の仕事は大変でとても困っているそうです。私はいつも管理員の苦労を考えて、自らすべての料金を払います。管理員らは私が法輪大法を修煉していることを知っていて「法輪大法の人は本当にいい人ですね」と言い、私は「私が良いのではなく、大法の師父が私たちに良い人になるように教えてくださり、法輪大法が素晴らしいからです」と説明しました。

 仕事の関係で、私はいつも名誉や利益の誘惑に遭い試されることがあります。ある日、組合長から事務室に呼ばれ、私に2000元を渡して、これは補助金で、後日、ビデオを撮り、テレビニュースで流すと言いました。事情を聞いて私は拒否しました。私が法輪大法を修煉した理由で、中共に迫害されて公職を解かれ、わずかな収入で生活しながら、長年にわたって妻の精神病を治療するなど、確かに経済的に困難があります。しかし、これはすべて中共の迫害による結果なのに、現在、2000元の補助金を出して、共産党政府がいかに素晴らしいか、テレビで虚偽な宣伝をさせるためです。「これは理に適いますか?  例えば、強盗に打たれて負傷した人を、強盗がまた被害者を病院に搬送して治療させます。今度は被害者に強盗を恩人として感謝させます。善悪が違うのではありませんか?」このような金を受けるはずもなく拒否しました。事情を知った同僚たちは皆「あなたは本当に良い人です。とても気骨があります!」と言ってくれました。

 四、厳しい環境の中でも良い人になる

 江沢民と中共が法輪功を迫害して21年、私は不当に警察署、刑務所や留置場に入所させられ屈辱と辛い日々を味わったことがあります。そのような悪質な環境でも、師父が教えてくださった「真・善・忍」に従って良い人になろうと、様々な方面で他人を優先に考えました。

 例えば、このようなことがありました。同じ刑務所の羅さんは、経済犯で病気も持っており、この刑務所で服役していました。毎年冬になれば入院して治療しなければならず、何年もこのような状態でした。私はそこに入ってから医者として彼の健康に心がけ、伝統の物語を語るなどして善悪の道理を教えてあげました。彼はよく聞いてくれて私も時間があれば語りました。この基礎があったから、私は法輪功を修煉して健康になったという話をすると、彼も興味を持ってくれました。

 ある時刑務所の人たちがインフルエンザにかかったことがありました。次々と感染しましたが、私は無事で、羅さんを含む他の人は罹ってしまいました。また少し経ってから再び流行りだし、今回も私は感染しませんでした。羅さんはとても驚き、私が話した法輪大法を思い出し自分も学びたいと言いました。私は彼に三つのことを言いました。一つ目、法輪功の主な著作は『轉法輪』で、これが法であり法は常に学ぶ必要があること。二つ目、法輪功は「真・善・忍」に基づくこと。三つ目、煉功には五式の動作があり、これも常に行なう必要があると話しました。彼はそれを納得して機会があれば煉功動作を教えるよう私に頼みました。また『轉法輪』は何を教えてくれるかと聞いたので師父の『論語』を暗唱してあげ『轉法輪』の目録も教えました。ある日紙とペンを持ってきて『論語』を書いてくれと頼み、それからいつも見るようにしました。機会があれば私と一緒に煉功し、いつの間にか穏やかになり、人を殴ることも恐喝することもなくなりました。それを見てさらに多くの人が私と共に煉功するようになり、だんだん良い雰囲気になりました。

 その年の冬、彼の持病は反復することなく入院もしませんでした。年末に私がいた監室は「文明監室」にも選ばれました。これらは師父の教えがあったからです。

 中共が不当に法廷を開いたとき、私はその場で「法輪大法は素晴らしい」と言ったため、警官に口を殴られ血が出て腫れました。刑務所に戻ってみんなから聞かれたので事情を説明すると「あなたのような良い人まで殴るなんて、中共は本当に終わりだ!」と興奮していました。真相を知った人々に、中共の結末はもう知られているのです。

 五、かつて私を迫害した人に真相を伝える

 私は当地の警察署長らに連行され、不当に刑務所に拘禁されました。刑務所から帰って、その署長は私を迫害し大法に罪を犯したために危険だと彼に真相を伝えるべきだと考えました。そして母と共にその署長の所を訪れ、真相を語りました。彼は私を迫害しましたが、私は恨みなどはなく、ただ彼を救いたい気持ちだけでした。その気持ちを持ってたくさん話したら、彼は真面目に聞いてくれ、真相を分かって自ら他の部署へ転勤したのです。

 私は病院で働いていて、ある日この署長が健康診断に来ました。診察が終わり体に問題がないと伝えたら、彼は合掌して私にありがとうとお礼を言いました。当時の610弁公室の主任のとき、他にも何人か迫害に加担した人が死亡したため、恐れを感じ受診に来たそうです。その結果異常がなかったため、私が真相を教えたことにとても感激したのです。彼が感謝すべき人は、実は師父なのです。師父が私に良い人となるように教えられたからです。

 六、「良い人」とは

 良い人の基準はなんでしょうか? 師父はこう仰いました。「一人の人間として、宇宙の真・善・忍の特性に順応できる人だけが本当に良い人で、この特性に背く人が、本当に悪い人です」[1]。これが良い人と悪い人の唯一の判断基準だと思います。真・善・忍には無限の意味が入っていますが、真とは嘘をつかない、騙すことしない、間違いを素直に認める、悪いことでも隠さない。善は優しい心を持って人をいじめない、弱者に同情し助けてあげる、他の人を優先に考え感謝の気持ちを忘れない。忍は困難や不公平に遭っても強い意志を持つことで、恨まず苦労に耐え、広い心を持つことだと思います。これらができれば良い人だと言えると思います。

 二十数年間、「真・善・忍」に基づいて行動していて、その過程でさらに深い意味も覚えました。それには限りがなく、師父が教えて下さることをどんどん学んでいきます。更には自分が行なったことは、良いことも悪いことも、すべて自分のためになると知りました。良いことをしたら宇宙の特性により「徳」を得て、悪いことをすれば「徳」を失うのです。これはまさに自分のものなのです。この宇宙の真理を知ってから、悪いことだと知っていれば、それをする気持ちも、する勇気も失くなりました。もし人々がみなそう思うなら、社会の治安や道徳文明も絶対に良くなると思います。師父がいて下さり本当に良かったと感じました! 法輪大法を学べて本当に良かったです! より多くの人々が、大法を知り受益して欲しいと思います。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2020/6/6/407343.html)
 
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