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理智をもって法を実証する


文/中国大陸大法弟子

(明慧日本)私の同僚は縁がある人で、周りに大法弟子が何人もいます。しかし、同僚の大法に対する認識は正しくありません。個人的な認識ですが、人々の大法に対するこのような認識は邪悪のデマの宣伝のほかに、大法弟子の日常の表れとも関係があると思います。ここで自分の考えを述べ、同修と励ましあおうと思います。

 一、理智をもってこそ法を実証することができる

 「理智をもって法を実証していく」(『精進要旨(二)』「理性」)これは師父が正法時期の大法弟子に示された最も基本的な要求の一つです。常人が一人一人全部大法の本をめくってみるのは不可能で、世の人々は大法弟子の言動から大法を認識するのです。かつて友人と同僚から大法弟子の理智的でない言動について指摘され、彼らは大法弟子を非常に理解できず馬鹿にしました。例えば、ある同修は警察に逮捕される時、常人の前で突然地面にひざまずいて大声で叫びました。「師父、彼らをそのまま動かせなくしてください」 (師父が当時本当に彼らを動かせなくしたら、常人の社会状態を破壊しているではありませんか?) 師父は「歓喜心」の問題についておっしゃったことがあります。人々が大法弟子を全部正常な人として扱わなければ、心性を高める機会を失うばかりではなく、私達が大法のイメージを破壊しているのではありませんか。そのこと自体が法を実証することに難をもたらすのです。もし、かえって私達が時々刻々「真、善、忍」に基づいて行い、人々に大法弟子の際立つ面を見せれば、私達が口にした話はもっと力強く、信用できて、聞いて考える価値があると思うはずです。

 二、真相を話す根本的な目的を忘れてはならない

 個人の考えですが、真相を話すとき、ある同修は人を救うことに焦り、三退を勧めるとき、知らず知らずのうちに、人々に次のような印象を与えます。ずっと「共産党が悪い」と話し、共産党のことを話しては憤慨し、腐敗した社会に不満をもち、憎んでいます。同修の出発点は良いもので、世の人々が共産党を正しく判断してほしいのです。しかし、この面に力を入れすぎてしまうと、私達の根本的な目的を疎かにしてしまいます。私達の目的は人を救うことです。私達はなぜ真実の歴史と残酷な現実を話すのでしょうか? 誰かを恨んで憎み、誰かに反対しているからではなく、なぜ天が中共を滅すのか、私達がなぜ人々を救うのかを人々に理解してもらうためです。常人がこれを理解できなければ、大法弟子の慈悲を感じることができません。人々は「口では政治に参与しないと言いながら、自分と関係ないことに関心を持ち、常に党に反対する話をし、これが政治に参与していないといえるのだろうか・・」と考えます。これでは人々が真相を理解して救われることを阻んでしまいます。

 次元が限られており、間違ったところがあれば同修の慈悲なるご指摘をお願いします。

 2009年9月9日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/9/7/207808.html

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